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東京高等裁判所 平成10年(行コ)117号 判決 1999年3月25日

東京都千代田区紀尾井町三番三二号

控訴人

幸田たへ

右訴訟代理人弁護士

吉野正三郎

藤本えつ子

山下丈

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被控訴人

麹町税務署長 伊藤勝利

右指定代理人

小原一人

井上良太

高橋勝茂

南幸四郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成六年一月三一日付けでした相続税の更正処分(ただし、同年六月二三日付けの異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格二億八七四六万四〇三〇円、納付すべき税額一七一二万四九〇〇円を超える部分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、後記第五において控訴人の当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。なお、以下において使用する略称は、原判決のそれと同一である。

第三証拠

証拠の関係は、原審及び当審記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

争点に対する判断は、後記第五において控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。

第五控訴人の当審における主張及びこれに対する判断

一  本件株式の売買価格について

1  控訴人の主張

本件株式の売買には専門家が介在しており、売買価格の算定についても、純資産価額方式と配当還元方式とを勘案し両者の価格を加重平均した金額(商法二〇四条の四第二項に基づく裁判所の価格の決定方式を念頭において判断したものと推測される。)と、中外石油が法人税法上の低廉譲渡による受贈益の認定課税を受けないことを、十分に熟慮した上で決定されたものである。その売買価格の決定に至るまでには厳しい交渉があり、買主側が六億三〇〇〇万円の売買価格に同意したのも、でまかせの金額、なれあいの金額、あるいは、どんぶり勘定によるものではない。したがって、本件株式の売買価格を本件相続開始当時における時価と見ることに支障はない。

原判決が、取引相場のない株式であっても、当事者間の主観的事情に影響されず、株式の客観的交換価値を正当に評価した上で成立した適正な売買実例が存在する場合には、右売買実例における価額をもって適正な時価と評価することは可能であり、評価通達も、右のような適正な売買実例が存在する場合にこれにより株式の評価をすることを排除するものではないと判断したことは正当であるが、本件売買に当事者間の主観的事情・個人的事情等の要素が強く影響していると認めたのは、極めて恣意的な認定で、合理性を欠いている。

被控訴人主張のとおり純資産価額方式に従って本件株式の時価を一一億三八三六万八〇〇〇円と評価すると、被控訴人が中外石油に対して受贈益の認定を行わなかった理由の説明がつかない。被控訴人の課税処分には一貫性がなく、矛盾している。原判決は、全く同一の株式売買について、相続税の課税上は「本件売買には当事者の主観的事情・個人的事情等の要素が強く影響している」として、その価格決定の客観性の欠如を指摘しながら、法人税の課税上は「右取引は正常な取引として是認されるものである」と認定しているが、これでは課税の基準時が異なり、あるいは、適用法律が異なれば、同じ株式売買の評価が異なってよいということになってしまい、果たして妥当であるか疑義がある。原判決の理由づけは、詭弁としか言いようがない。

2  当裁判所の判断

本件売買は、本件相続の開始から約七か月後に行われ、その間にバブル経済の崩壊といわれる地価や株価の急激な下落が起きているため、まずこの点からしても、本件売買の価格をもって本件相続開始当時の時価であるといえない。

また、中外石油の株式は、取引相場がないもので、控訴人側は資金繰りのため売却の必要に迫られており、中外石油側も資金不足等から高額での買い取りが困難な状態にあり、控訴人側の当初提示価格は約一一億四〇〇〇万円であったが、交渉の末に代金額六億三〇〇〇万円で本件売買の合意が成立するに至った。これらの事情を考慮すると、本件売買には当事者の主観的事情・個人的事情等の要素が強く影響していると認めるほかないもので、本件売買価格が本件相続開始当時における本件株式の客観的な交換価値を反映したものであるとは認められない。

なお、法人税の課税においては、時価によらない取引であっても、それが一般に合理的な経済人の行為として経済的合理性が認められる範囲内のものであれば、法人税法上は正常な取引として是認されるものと考えられ、時価と一致しないことの一事をもって受贈益の認定がされるものでない。したがって、被控訴人が中外石油に対して受贈益の認定を行わなかったことをもって、相続税に係る本件更正処分との間に一貫性がないとか、矛盾しているということはできない。

以上は、原判決説示のとおりであって、控訴人の主張には理由がない。

二  土地保有特定会社について

1  控訴人の主張

東京都の都心部の商業地の地価は、平成三年夏頃をピークとして急激な下落を続け、国土庁公表の資料によれば平成四年一月一日と平成五年一月一日との間に約二二パーセント下落しており、本件相続の開始時である平成四年九月一日現在の地価動向もこれに近いもので、本件相続開始時直前からバブル崩壊による地価の下落が始まっていた。原判決がバブル崩壊による地価の下落が本件相続開始後の事象であると認定したことは、事実に反するもので不当である。

そして、このようなときに純資産価額方式を適用すると、地価の動向を十分に考慮しない限り、時価とかけ離れた評価になることは必定である。このことを前提にするならば、評価通達において、土地保有特定会社を特に区分し、特定の株式の評価方法を定めていることは、バブル崩壊後には合理性がなくなっており、もはや公正な課税基準としての合理性を失っているというべきである。

したがって、本件株式については、評価通達によらないで評価すべき特別な事情がある。原判決が、評価通達を形式的・機械的に適用して中外石油を「土地保有特定会社」と認定したことは、公平な課税という観点からみて妥当性を欠いており、問題である。

2  当裁判所の判断

原判決は、「課税基準時である相続開始時における時価を算定するに当たって、相続開始後に生じた事情を相続開始時に遡って考慮すべきではない」と判示し、相続開始時の時価に比較して、その後は地価が下落していることを指摘するにとどまり、バブル経済の崩壊による地価の下落が本件相続開始後に始まった事象であるなどと認定しているものではない。控訴人の主張は、原判決の判旨を誤解するものである。

そして、相続財産の価格は、評価通達によって評価することが著しく不適当と認められる特段の事情がない限り、評価通達に規定された評価方法によって画一的に評価するのが相当であること、土地保有特定会社の株式の評価に当たって、当該会社の資産性すなわち土地保有の状況に着目して純資産価額方式を適用するものとした右評価通達の定めを不合理なものということができないこと、大会社の場合に土地等の価額が総資産の価額に占める割合が七〇パーセント以上であるか否かを土地保有特定会社に該当するか否かの判断基準としていることが妥当というべきであること、評価通達の定める取引相場のない株式の評価方法は合理的なものであること、したがって、右評価方法によらないことが正当として是認され得るような特別の事情がある場合を除き、取引相場のない株式は右評価方法により評価するのが相当であること、中外石油が卸売業以外の業種を営む会社であり、本件相続開始の直前期末における総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)が一五億六九一九万〇九六二円であり、また、同会社の本件相続開始の直前期末における貸借対照表に記載された各資産をそれぞれの資産の種類に対応する評価通達の定めるところにより評価した場合の各資産の価額の合計額は九二億〇一九七万四〇〇〇円であり、そのうち土地等の合計額は八〇億九五八一万九〇〇〇円であって、総資産価額に占める土地等の価額の割合は八八パーセントになるから、同会社が評価通達一七八所定の「大会社」に該当し、かつ、土地保有特定会社に該当すること、これらの点はいずれも原判決説示のとおりである。

したがって、控訴人は、評価通達において土地保有特定会社を区分した特定の株式の評価方法を定めていることが、バブル崩壊後には公正な課税基準としての合理性を失っているというべきであるとか、本件株式については、評価通達によらないで評価すべき特別な事情があるなどとし、原判決が評価通達を適用して中外石油を「土地保有特定会社」と認定したことは問題であるなどとするが、これらの主張には理由がない。

本件株式について、評価通達によらずに評価すべき特別な事情があると認めることはできない。

三  同族株主以外の株主について

1  控訴人の主張

株主の区分は実質的に行うべきであり、被相続人は、発行済株式の三三パーセントに相当する八〇〇〇株を保有していたが、事実上会社経営から排除されており、いわば野党的株主として会社経営の外野にいたものであるから、このような場合には、画一的に評価をしてしまうことは余りも不合理なことで、被相続人は実質的には評価通達がいう「同族株主以外の株主」である。

したがって、本件の場合は評価通達に従っても特例的評価方法である配当還元方式により評価すべきである。原判決が評価通達を形式的・機械的に適用して純資産的価額方式を採用したことは、違法な評価といわざるを得ない。

2  当裁判所の判断

会社によって株主間の経営権をめぐる対立状況、派閥の構成、個人的な思惑等は千差万別であるところ、ありとあらゆる事情を的確に把握して評価に反映させて、実質的に同族会社に該当するかどうかを判断すべきものとするのは、課税庁等に極めて困難な作業を求めるものであること、右のような判断をすることになれば、同族株主とするか否かの基準が極めてあいまいになるだけではなく、評価を行う者によって異なった評価がされるおそれがあり、その評価に課税権者の恣意が介入し、課税の公平を欠くおそれすらあるといえること、したがって、課税の公平の観点からみて、画一的に同族関係者の範囲を定めることとしている評価通達の判断基準が合理的であるというべきであること、また、控訴人の主張のとおり配当還元方式で評価すると、本件株式の時価は合計六〇〇万円となり、これが合計六億三〇〇〇万円という本件売買価格と大幅に乖離することについて合理的な理由が認めらないこと、このことは本件株式の評価を配当還元方式によって行うことが妥当でないことを示すものというべきであること、以上はいずれも原判決説示のとおりである。

また、原審証人幸田正明は、中外石油の株主である柳原道郎と宮崎由美子とが結託しているかのような供述をしているが、もしも、この二人が結託をしたならば、控訴人側は中外石油の経営から排除されてしまうことになるという仮定の話であるようにも解されるのであって、控訴人側が中外石油の会社経営から排除されていたと認めることもできない。

いずれにしても、控訴人の主張には理由がない。

四  山田二郎氏の意見書(以下「山田意見書」という。)について

1  控訴人の主張

原判決は、非上場会社の株式評価はいかにあるべきかという問題について、本件の事実関係の特殊性を十分に考慮せず、極めて形式的かつ機械的に評価通達を適用して控訴人の請求を棄却したもので、不当である。

山田意見書は、結論として、本件株式の本件相続開始時の評価額はせいぜい高く見積もっても売買実例価格六億三〇〇〇万円(一株七八七五円)であり、これを一一億三八三六万八〇〇〇円(一株一四万二二九六円)と評価した本件更正処分は違法であると判断しており、この結論は相当である。

2  当裁判所の判断

山田意見書(甲二一)は、要するに本件売買価格をもって本件株式の時価と認めることができることを前提とするものであるが、本件売買価格をもって本件株式の本件相続開始当時の時価と認めることができないことは、前記のとおりである。したがって、当裁判所の判断とは前提となる事実を異にするから、山田意見書の結論を採用することはできない。

第六結論

以上のとおりであるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 裁判官 榮春彦)

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